はじめに
以前の職場でのことだ。
65歳の男性がいた。役職はもうなかったけれど、存在感だけは誰よりも主張していた。若い女性社員に近づいては冗談を言い、笑いを取ろうとし、お菓子を配り、やたらと距離を詰めてくる。本人は「場を和ませているつもり」なのだろう。でも見ていた私は、正直、不快だった。ヤキモチなどではない。じわじわと募る違和感。そしてある瞬間、これはセクハラではないか、とはっきり感じた。
さらに言えば、時にストーカーに近いものさえ感じた。休日にまで関わろうとしていたからだ。承認欲求が形を変え、セクハラになり、さらには相手の時間やプライベートにまで踏み込んでいく。そういうことが、職場では確かに起きる。
なぜ不快に感じるのか、自分でも少し考えた。
「認められたい」という気持ちそのものは、誰にでもある。でも、それが若い女性に向けられたとき、どこか非対称な重さが生まれる。求める側は無自覚でも、求められる側には「応えなければ」というプレッシャーが静かにのしかかる。愛想よくしてくれるのは、あなたのことが好きだからではなく、その場をうまく収めようとしているだけかもしれない。それなのに、その優しさにどんどん甘えていく。
それが疲れるのだ。そして、時に傷つける。
愛想よく笑って受け流しているうちに、気づかないうちに自分の中で何かが削れていく。「嫌だ」と感じているのに、それを口に出せない。角を立てたくない、大人げないと思われたくない、職場の空気を壊したくない――そういった気遣いが積み重なって、やがて自分の感覚を信じられなくなっていく。
「これくらい我慢するべきなのかな」「私が敏感すぎるのかな」
そう思い始めたとき、傷はもう深いところまで届いている。承認欲求を向けられた側は、自分の不快感すら否定することを強いられる。それは静かな、でも確かな、自尊心へのダメージだと思う。
この世代の男性たちが通ってきた時代を思うと、わからなくもない部分もある。役職、肩書き、後輩からの敬意。そういうもので「自分の価値」を測ってきた時間が長かった。定年後や立場が変わったとき、承認の受け皿を突然失ってしまう。
でも、その空白を若い女性たちで埋めようとするのは違う。そしてそれが不快感やセクハラにまで発展するなら、もう「無自覚だから仕方ない」では済まされない。
年齢を重ねるほど、「求める」より「与える」側に回れる人が、本当にかっこいい大人だと私は思っている。
若い子たちの愛想笑いを、好意と勘違いしないでほしい。それだけで、周りの空気はずいぶん違ってくる。
では、どう切り抜けるか。5つのヒント
とはいえ、現実には「その場をどうするか」が大事です。傷つきながらも、毎日職場に行かなければならない。そんな方のために、さりげなく自分を守る方法をご紹介します。
1. 受け取ってすぐ仕事に戻る
「ありがとうございます」の一言だけ言って、すぐ画面に視線を戻す。
これだけで会話が自然に終わります。愛想よくしなければ、と思って余計な一言を足すから話が長引くのです。受け取ること自体は相手への敬意。でもその後の時間は自分のものです。
2. 忙しいアピールを習慣にする
近づいてくる気配を感じたら、キーボードを打つ手を止めない。
「今ちょうど大事なところで…」と画面を見たまま言うだけで、相手も長居しにくくなります。毎回やっていると「あの人は話しかけにくい」という印象がつき、自然と来る頻度が減っていきます。
3. 体調を理由にやんわり断る
「最近甘いものを控えていて」「胃の調子がちょっと…」
嘘も方便、という言葉があります。角を立てずに断る最もスマートな方法のひとつです。相手も傷つかず、自分も罪悪感を持ちにくい。双方にとってやさしい断り方です。
4. 愛想笑いは義務じゃない
ニュートラルな表情+短い返事、で十分です。
「笑わないと失礼」と思い込んでいませんか?実は軽くうなずいて「どうも」と言うだけで、社会的なマナーとしては十分。毎回全力で愛想笑いをしていると、それが「普通」になってしまい、やめられなくなります。少しずつ表情の力を抜いていきましょう。
5. 自分を縛らないことが一番大事
「断ってはいけない」「笑わなければいけない」――この思い込みが一番しんどさの原因です。
お菓子を受け取ることも、断ることも、どちらも正解です。大切なのは、相手のペースではなく自分のペースで選ぶこと。小さな選択を自分で決めるだけで、職場での居心地はじわじわと変わっていきます。
おわりに
お菓子を受け取ることも、断ることも、どちらも間違いではありません。
大切なのは「しなければいけない」という思い込みから、少し自由になること。
毎回全力で愛想よくしなくていい。ニュートラルでいい。自分のペースで選んでいい。
そう思えるだけで、職場での毎日が少し軽くなるはずです。


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