第一章 退職したら、楽になると思っていた
退職した日、私は自由になったと思った。
もう毎朝、会社へ向かう必要はない。人間関係に気を遣うこともなくなり、これからはきっと、心も軽くなっていく。
そう信じていた。
実際、職場からは解放された。
朝は静かで、時間に追われることもない。好きな時間にコーヒーを飲み、窓を開けて風を感じる。
そんな何気ない毎日が、少しずつ始まっていた。
それなのに、不思議だった。
穏やかな時間が増えていくほど、心の奥に残っているものが、かえってはっきり見えるようになった。
退職したのだから、もう終わったはずだった。
新しい暮らしも、すでに始まっている。
それでも心だけは、何かをあの場所に置いたまま、そこから動けずにいるようだった。
あの頃の私は、職場を離れたあとも苦しさが続くとは思っていなかった。
第二章 箒との出会い
仕事をしていた頃、掃除は週に一度だった。
休日になると掃除機を出し、部屋中を一気に吸って終わらせる。掃除は、時間のある日にまとめてするものだった。
退職して時間に少し余裕ができた頃、私はダイソーで一本の箒を見つけた。
どこか可愛らしい姿が目に留まり、その場で一目ぼれした。
「これで掃除をしてみよう。」
そんな軽い気持ちで買った箒だった。
実際に使ってみると、掃除機とはまったく違っていた。
機械の音はなく、部屋に聞こえるのは、箒が床をなでる静かな音だけだった。
箒を動かすたび、部屋の隅にあった埃が少しずつ集まってくる。
一本の髪の毛。
小さな綿埃。
それまで目に入らなかった細かなごみが、自分の手の動きに合わせて一か所にまとまっていく。
私は、その様子を眺めるのが好きだった。
掃除機なら、吸い込んだ瞬間に見えなくなる。
けれど箒は、そこにあったものを自分の目で確かめながら、一つずつ集めていく。
ただの埃なのに、不思議と「掃除をした」という実感があった。
集めた埃を捨て、また箒を動かす。
その繰り返しが、いつの間にか私の好きな時間になっていた。
何かを考えようとしなくてもよかった。
床を見て、箒を動かし、埃を集める。
その時間だけは、過去でも未来でもなく、目の前の暮らしの中にいることができた。
第三章 幸せだと思った、その時だった
「今、幸せだな。」
そう思える瞬間が、少しずつ増えていた。
ベランダでコーヒーを飲んでいる時。
静かな部屋で、箒を動かしている時。
何か特別なことがあるわけではない。
それでも、会社にいた頃には持てなかった穏やかな時間が、確かに自分のものになっていた。
ところが、そんな時だった。
何の前触れもなく、職場での出来事が頭をよぎった。
あの時に言われた言葉。
向けられた表情。
助けを求めても、誰も動いてくれなかったこと。
思い出そうとしたわけではない。
忘れたいと思っているのに、記憶のほうから突然入り込んでくる。
その瞬間、さっきまでの穏やかな時間が遠ざかった。
胸の奥が締めつけられ、また傷つき、腹が立った。
どうして今、思い出すのだろう。
私はもう退職した。
あの場所へ戻ることもない。
それなのに、心の中では何度も同じ場面が繰り返されていた。
場所を離れることと、心が離れることは、同じではなかった。
第四章 忘れたいのに、忘れられない
何度も思い出してしまう理由は、いじめをされたことだけではなかった。
私の知らないところで話が広がり、事実を知らない人たちの見る目まで変わってしまったこと。
それが、私にはつらかった。
周りの人たちは、何があったのかを知らないまま、私を見ていた。
もしかすると私は、「厄介な人」だと思われていたのかもしれない。
そう考えるたび、胸の中に悔しさが戻ってきた。
本当は何があったのか。
なぜ、私があのような立場になったのか。
説明できる機会があったわけではない。
誤解している人を一人ずつ訪ね、真実を話して回ることもできない。
職場を離れた今となっては、誰が何を聞き、私をどう見ていたのか、確かめることさえできなかった。
起きた出来事そのものよりも、知らないところで自分の姿を作り変えられたことが、心に残っていたのだと思う。
思い出すたびに、胸がざわつき、腹が立った。
そんな時、私は自分に言い聞かせた。
「またか。忘れよう。」
もちろん、その一言ですぐに忘れられるわけではない。
それでも、しばらくすると目の前の暮らしへ戻ることができた。
コーヒーを飲み直す。
窓の外を見る。
箒を手に取り、床を掃く。
そうやって私は、過去に引き戻されては、また今の暮らしへ戻ってきた。
職場で実際に経験したことや、人間関係に限界を感じた時に私が取った行動については、別の記事にまとめています。
今、同じような職場の人間関係に苦しんでいる方は、職場いじめの対処法|人間関係に限界を感じて退職した私の体験談もご覧ください。
第五章 心が、新しい暮らしへ追いつくまで
自分を変えようと思ったわけではない。
過去を忘れるために、何か特別なことを始めたわけでもなかった。
毎朝、窓を開ける。
コーヒーを飲む。
気が向いた時に、箒で床を掃く。
私はただ、目の前の暮らしを続けていた。
すると、いつからだったのかは分からないが、職場のことを思い出す回数が減っていった。
ある朝、突然楽になったわけではない。
何かをきっかけに、すべてを許せたわけでもない。
思い出しても、心を持っていかれる時間が少しずつ短くなっていった。
今でも、職場のことが頭をよぎる日はある。
けれど以前のように、その記憶の中へ長い時間とどまることはなくなった。
「またか。忘れよう。」
そうつぶやき、箒を手に取る。
床を掃いているうちに、目は埃の行方を追い、耳は箒の音を聞き始める。
そうしていると、過去へ向いていた心が、いつの間にか今の暮らしへ戻っていた。
あの日、ダイソーで買った箒は、いつしか私の暮らしに欠かせない存在になっていた。
こんなに愛着が湧くとは、買った時には思ってもいなかった。
いつか、このブログが少しずつ育っていったら、その記念に、今より少しいい箒を迎えたい。
そんな小さな夢までできた。
同じように見える一日を重ねるうちに、心の中を占めるものは変わっていった。
気づけば、過去を思い出している時間よりも、今日という一日を生きている時間のほうが長くなっていた。
退職した日に、職場へ心まで置いてこられたわけではなかった。
私の体は先に新しい暮らしを始め、心は少し遅れて、そのあとを歩いていた。
そして毎日の暮らしに支えられながら、私の心もようやく、新しい人生へ追いついていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
人生は、大きな出来事だけで変わるものではありません。
何気ない一日が、人生でいちばん大切な一日になることもあります。
この物語が、あなた自身の「これから」を見つめる時間になれば幸いです。


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