第一章 「退職して、大丈夫なの?」
物語は、退職の日から三週間ほど前へ戻る。
いつものように執務室で仕事をしていると、一人の職員が私のそばへ来て、静かに声を掛けてくれた。
「退職して、大丈夫なの?」
私は顔を上げ、その人を見て笑顔で答えた。
「ありがとうございます。」
返した言葉は、それだけだった。
以前の私なら、この一言を何日も引きずっていたと思う。
「やっぱり無謀だと思われているのだろうか。」
「そんなに心配されるような人生なのだろうか。」
相手の言葉に、自分で意味を足して、自分で傷ついていた。
二度目の面接で不採用になった頃までは、「退職して大丈夫なの?」という言葉を聞くだけで胸が苦しくなった。
退職することが怖かったのではない。
面接に受からなかった自分が、情けなかったのだ。
けれど、この日の私は違っていた。
その人は、本当に心配して声を掛けてくれたのかもしれない。
そう受け止めることができた。
同じ言葉なのに、以前のように抱え込まなかった。
相手が変わったわけではない。
変わったのは、言葉を受け止める私のほうだった。
第二章 不安を数字に変えた
「退職して大丈夫なの?」
そう聞かれても、不思議と以前ほど心は揺れなかった。
もちろん、不安がなくなったわけではない。
仕事を辞めれば、収入は減る。
失業保険を受け取っている間に、ブログで収入を得られるようになるのかは分からない。
もし、受給が終わるまでに暮らしを支えられる見通しが立たなければ、アルバイトをするつもりだった。
それでも今は、まずブログに挑戦してみたかった。
そのためにも、自分にはどれくらいの時間があるのかを知っておく必要があった。
毎月の生活費はいくら必要なのか。
家賃、食費、光熱費、国民健康保険。
何を減らせるのか。
そして、どんなことがあっても守りたいものは何なのか。
一つずつ調べ、一つずつ数字を書き出していった。
不思議なことに、必要な金額が具体的になるほど、不安は少しずつ形を変えていった。
漠然としていた恐怖が、「何が足りないのか」「何を考えればいいのか」という現実へ変わっていったのである。
もちろん、すぐにすべての答えが出たわけではない。
それでも、次に何を調べればいいのかは分かった。
分からないものを「分からないまま」にしておくより、一歩ずつ確かめていくほうが、私にはずっと安心できた。
誰かに「大丈夫」と言ってもらうことではなく、自分で調べ、自分で納得すること。
その積み重ねが、少しずつ私の心を落ち着かせてくれた。
そして、ある時ふと気づいた。
私はもう、今の仕事に自分の人生の答えを求めてはいなかった。
これからどう生きるのかは、誰かに決めてもらうものではない。
自分自身で答えを探そうとしていたのである。
第三章 見返してやる
退職の日が近づくにつれて、不思議なくらい心は軽くなっていった。
収入は減る。
この先、何が起きるのかも分からない。
それでも、私の頭の中が仕事のことでいっぱいになることは、もうなかった。
考えていたのは、息子のこと。
これから始まる新しい暮らしのこと。
そして、ブログのことだった。
退職したら、本気で書こう。
これまで経験してきたことを、自分の言葉で残してみたい。
それが少しでも収入につながればという思いもあった。
これから収入が減る以上、自分の力で暮らしを支える方法を持ちたかったからだ。
そう決めてから、私の関心は少しずつ職場の外へ向かい始めていた。
そして心のどこかには、もう一つの気持ちもあった。
「見返してやる。」
職場を見返したかったのか。
年齢だけで可能性を決めつける世間を見返したかったのか。
それとも、何もできないと思い込み、小さくなっていた自分自身を見返したかったのか。
その時の私には、まだ分からなかった。
けれど、一つだけははっきりしていた。
後ろを振り返っていても、何も変わらない。
これまで何を言われたのかより、退職したあと、自分が何を始めるのか。
私の心は、もう未来へ向かい始めていた。
第四章 書くことで見えてきたもの
退職の日を待ちながら、私は毎日のようにブログについて調べていた。
記事の書き方。
検索の仕組み。
どうすれば、本当に必要としている人へ届くのか。
知らない言葉が出てくるたびに調べ、その先でまた新しい言葉に出会う。
そんなことを繰り返していた。
少し前までの私なら、仕事のことばかり考えていたと思う。
けれど、この頃の私は違っていた。
職場での出来事を何度も思い返すより、新しいことを知る時間のほうが楽しかった。
ブログを書き始めると、不思議なことが起きた。
頭の中ではバラバラだった出来事が、文章にしていくうちに少しずつ一本につながっていったのである。
「あの時、私は何が一番苦しかったのだろう。」
「本当は何を恐れていたのだろう。」
そんな問いを、自分自身へ何度も投げかけた。
答えを探そうとして書いたわけではない。
書いているうちに、自然と答えが見えてきたのである。
過去に起きた出来事は変えられない。
職場で言われた言葉も、助けてもらえなかった事実も、なかったことにはできない。
けれど、その経験をこれからどう受け止め、どう生かしていくのかは、自分で決めることができる。
苦しかった出来事として抱え続けることもできる。
同じように悩んでいる誰かへ、自分の経験として手渡すこともできる。
私は後者を選びたいと思った。
過去を忘れようとしたわけではない。
ただ、過去にとどまるよりも、これから考えたいことが私の中に少しずつ増えていった。
その変化こそが、私を前へ進ませてくれていた。
第五章 本来の自分を思い出した
どうして私は、こんなにも前を向けるようになったのだろう。
退職の日が近づくにつれ、そんなことを考えるようになった。
職場は変わっていない。
世の中も変わっていない。
五十八歳という年齢も変わらない。
それなのに、私の中では何かが確かに変わっていた。
最初は、新しい自分になったのだと思っていた。
けれど、そうではなかった。
どこか懐かしい感覚だった。
子どもが生まれる前の私は、もっと自由だった。
やりたいと思ったら、まずやってみる。
失敗するかもしれないと立ち止まるより、挑戦しないまま終わるほうが嫌だった。
周りに合わせるより、自分で決めて動く。
少しやんちゃなくらいが、ちょうどよかった。
しかし、子どもが生まれてからは、私一人の人生ではなくなった。
守るものができた。
失敗はできない。
安定した仕事に就かなければならない。
周りと歩幅を合わせなければならない。
そうやって生きてきた時間は、母親として必要な時間だったと今でも思っている。
だから、あの頃の自分を否定する気持ちはない。
子どもを守るために選んできた一つ一つの決断があったからこそ、息子は無事に大人になってくれた。
ただ、その長い年月の中で、本来の私は少しだけ奥へしまわれていた。
退職を決めたことで、その自分が静かに顔を出した。
「やってみよう。」
「まずは一歩、進んでみよう。」
その声は、新しく生まれたものではなかった。
ずっと私の中にあった声だった。
五十八歳になって、急に強くなったわけではない。
私は、本来の自分を思い出しただけだった。
不安は、これからもきっとある。
それでも、自分で調べ、自分で考え、自分で決めて歩いていく。
その生き方を選びたいと思った。
その日、私は自分と一つ約束をした。
後ろは見ない。
先へ進もう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
人生は、大きな出来事だけで変わるものではありません。
何気ない一日が、人生でいちばん大切な一日になることもあります。
この物語が、あなた自身の「これから」を見つめる時間になれば幸いです。


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