我慢の20年、卒業の3週間。私が「泥をすする日々」に感謝できた理由。

夜明けの海辺で不採用通知を手放し自由になる凛とした50代女性 悩み

『ここで辞めたら生きていけない』

前回の記事で、58歳での退職を前に「清々しい」とお話ししました。 でも、最初からこんなに強かったわけではありません。

振り返れば、末の子を育てるために必死だった日々。 職場での理不尽な評価や、心ない言葉。 それでも「生活のため、お金のため」と自分に言い聞かせ、奥歯を噛み締めて笑って過ごした時間は、正直に言えば、長く暗いトンネルのようでした。

「ここで辞めたら、生きていけない」 「この年齢で、私を雇ってくれる場所なんてどこにもない」

そんな恐怖が、私の足をずっと今の場所に縛り付けていたのです。

「合格」より大切なものに気づいた日

実は、今の職場では毎年試験を受けて契約を更新してきました。 筆記試験は毎年合格する。それなのに、面接で3年間も足止めを食らった経験があります。

当時は、自分の価値を全否定されたような気がして、夜も眠れないほど悔しくて、惨めでした。 「どうして私じゃダメなの?」「あんなに頑張っているのに」 その問いに答えが出ないまま、それでも子供のために翌朝にはまた笑顔を作って出勤する……。

でも今なら、あの時「合格」をくれなかった面接官たちに、心から「ありがとう」と言えます。

もしあの時、すんなりと認められていたら、私は今も「安定」という名の小さなカゴの中で、誰かの顔色を窺いながら、自分を削って働いていたでしょう。 思い通りにいかなかったあの3年間があったからこそ、私は「他人の評価で自分を幸せにするのは、もう限界だ」と気づくことができたのです。

執着を手放した瞬間に、世界が変わった

「認められたい」という執着。 「老後への不安」という執着。

それらをバッサリと切り落とした瞬間、不思議なことに、周りの視線が気にならなくなりました。 髪を明るく染め、襟足を外ハネにした私の鏡の中の笑顔は、20年前の私よりもずっと輝いています。

「58歳で無職なんて、無謀だ」と笑う人がいても、構いません。 泥をすするように我慢を重ね、それでも子どもたちを育て上げてきた私です。 そんな自分を、誰よりも私自身が一番信頼しています。

何があっても、なんとかなる。いえ、なんとかしてみせる。 残り3週間のカウントダウンを楽しみながら、私は今、人生で一番「自由な空気」を吸っています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました